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『ダブルブリッド』(電撃文庫)
著者=中村恵里加
分野=アクション・ファンタジー
人称形態=複数主格疑似三人称

  電撃文庫大賞で金賞(佳作)扱いに留まった作品だが、人気を得て長く続くシリーズとなった。4年ほどの中断を経て、2008年5月に最終話となる第10巻が刊行された。
●ストーリー
  有史以来人間界の陰で生きつづけてきた異形の存在〈あやかし〉。彼らは擬態としてヒトの姿をとることもできるが、本質は熊、蜥蜴、虎などの動物に似た獣人である。主人公の片倉優樹は、その〈あやかし〉と人間との二重雑種=ダブルブリッドとして生まれた。銀髪の美少女という表層を持つ彼女は警視庁刑事部捜査第六課分室に属し、〈あやかし〉と人間との間に生じた問題を処理する任に就いている。
  人間の属性が優位で本質も人間の姿である優樹だが「再生」という特異体質を持つ。仮に手足を失っても再生、すなわちそれらが再び生えてくるのである。〈あやかし〉と人間との共存を指向する強い意志ゆえ、彼女は常にみずからの身体をぼろぼろにしながら危機を阻止し、各巻の多くを再生途中の包帯姿で過ごすことになる。
  シリーズ初期は相棒となる若手刑事との淡い恋が示唆されたりしたが、巻を重ねるうちにストーリーは悲劇の様相を呈しはじめ、9巻のラストでは、『隔離』され無人空間となった渋谷の街中で「対あやかし絶対兵器〈童子斬り〉」に寄生された人間=兇人と優樹がついに対峙する。

●文体について
  発行元がそうなのだから、本作は紛れもなくラノベということになる。確かに複数主格疑似三人称で立ち位置は頻繁に入れ替わるし、1行空け(コミックにおける枠線に相当)も目立つ。ただし、一見してわかるように本作は箇条書きではない。文体に段落がきちんと存在し、文意の流れというものが構築されている。その安定感と地力の高さが明らかであるため、いつのまにか切り換わっている視点・立ち位置が混乱につながらない。ラノベらしからぬ高度の日本語品位と、多少の驚きとともに評価できるのだ。
  もっとも、「一定分量の段落」という体裁上の特徴を持つラノベは本作だけではないはずで、客観的に立証可能なその一点のみで『ダブル―』を他の作品群と区別するのは難しい。最大の違いは「作家性」にあると感じるが、この語句を定義するのがこれまた困難、結局のところ「文体を通して窺える作者の人格自体が高品位なのだ」という少々オカルト的な言い方になってしまう。
  本質的に高い日本語力を持つ作者が誠実に悩みながら書いている印象と言えばいいのだろうか。多くのラノベ・ライターと異なり、『ダブル―』の作者は常に高いハードルを自身に課している。だからこそ「人を喰らう」というラノベの範疇を越えた領域にまで踏み出してしまった。
  中断の理由は誠実さ、すなわち高い作家性にあると推察でき、読者もそれを理解している。彼らはいつまでも待つだろうし、仮にだめなら、ちょっと照れ笑いしながら別の作品を上梓すればいいだけの話なのだ。ラノベに留まる必要すらない。作家・中村恵里加の真の実力はまだ片鱗が示されただけと感じるしだいである。
 
※10巻もこれまで同様徹頭徹尾ラノベの文法で書かれているが、地の文の「声」は書き手自身のものだと感じる。その意味では真性三人称的と言えるのかもしれない。